
著者:平田基
版元:さりげなく
▼平田基さんより「あとがきにかえて/鉛筆だった人々」
今回鉛筆と消しゴムのみで描くことを課して、制作にあたった。
鉛筆の濃淡が一等信頼でき、一等遠回りな方法であるように思えたためである。ただ、便利な道具に慣れていないことも大いにあるので、格好つけたことはいえない。私にとっては一等の近道であったとも言える。暗い夜を、紙がぼろぼろになるまで擦って描く。線と線の隙間に星が宿ったりしながら、物質感のある奇妙な夜が降りてくる。十分で終わると思っていた範囲が一時間かかったりするものだから、十四編のうち、のせられた炭素と消しとられていった炭素を考えると大変に途方もない。何本の線をひき、何人の表情は消され、何度鉛筆を擦り付けて夜は出来上がったのだろうか。消されていった右手の軌道たちと、生き残った彼らの数々。
人間はその生命を終えると、酸素、炭素、水素、窒素として分散されるときいた。真偽はともかくとして、実に驚くべきことです。この世の大気には、誰かの体であった物質が混じっている。そこから必要なものを喫い、誰かの体であった炭素を紙に擦りこみ、それを絵と呼んでいるのだ。わたしの体を構成している炭素も、誰かの描いた絵だったのかもしれないし、テストの答案であったりしたのかもしれない。つまり、今回の十四編は今後、また誰かの体になる可能性をもっていることではないか。その人と出会えることは決してないだろうが、この世とこの本がもうしばらく続くのであれば、先祖である私の絵は、炭素の子孫である誰かの目に映るのやも知れぬ。おそろしく誇大的な考えで、頭のいい方々には鼻で笑われるような妄想であろうが、私は今どきどきしているので、なにとぞお許しいただきたい。
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